菊竹清訓とは?スカイハウス、メタボリズム、代表作、作風など

  • 菊竹清訓(きくたけきよのり)ってどんな建築家?
  • 代表作ってどれ?スカイハウスの人?
  • メタボリズムって何なの?
  • 「か・かた・かたち」ってどういう意味?
  • なんで名作なのに壊されちゃったの?
  • 伊東豊雄の師匠って本当?
  • 作る側から見て何を学べる?

上記の様な悩みを解決します。

菊竹清訓は、戦後日本の建築を切り開いた第一世代を代表する建築家です。建物を「新陳代謝する生き物」のように捉える「メタボリズム」という思想を打ち立て、自邸のスカイハウスで一躍注目されました。名前は知らなくても、伊東豊雄をはじめ現代の一流建築家の多くが菊竹の事務所から巣立っています。今回は経歴・代表作・思想といった基本を押さえた上で、「なぜ名作の多くが解体されたのか」「後の世代に何を残したのか」まで、作る側の目線も交えて整理しました。

なるべく分かりやすい表現で記事をまとめていくので、初心者の方にも理解しやすい内容になっているかなと思います。

それではいってみましょう!

目次

菊竹清訓とは?

菊竹清訓とは、結論「建物を”成長し新陳代謝するもの”と考えた、戦後日本を代表する建築家」のことです。1928年に福岡県久留米市で生まれ、2011年に83歳で亡くなりました。

早稲田大学を卒業後、竹中工務店などを経て、1953年に菊竹清訓建築設計事務所を開設しました。1960年代には黒川紀章らとともに「メタボリズム」という建築運動を主導し、世界的に注目されます。巨匠・丹下健三に続く世代として、菊竹清訓・黒川紀章・磯崎新らが戦後日本の建築を牽引しました。

主な歩みを年表で整理すると次の通りです。

出来事
1928年 福岡県久留米市に生まれる
1953年 菊竹清訓建築設計事務所を開設
1958年 自邸「スカイハウス」を完成
1960年 メタボリズム運動を提唱(黒川紀章らと)
1963年 出雲大社庁の舎で日本建築学会賞を受賞
1970年 大阪万博でエキスポタワーを設計

日本の近代建築史の大きな流れの中では、モダニズムを日本流に発展させた重要人物です。全体像はこちらで押さえられます。

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僕としてはここが一番のポイントだと思っていて、菊竹清訓は「完成したら終わり」ではなく「建物は使いながら変わり続ける」という時間の視点を建築に持ち込んだ人です。作品そのものだけでなく、この考え方こそが後の世代に大きな影響を与えました。

菊竹清訓の代表作

菊竹清訓の代表作は、住宅から巨大な博覧会施設まで幅広いのが特徴です。まずは有名どころを押さえておくと整理しやすいです。

竣工 作品 所在地 見どころ
1958年 スカイハウス 東京都 自邸。4本の壁柱で床を宙に持ち上げた住宅。2025年に重要文化財指定
1963年 出雲大社庁の舎 島根県 力強い造形の名作。日本建築学会賞(現存せず)
1964年 東光園 鳥取県 空中に客室を吊るように支えた温泉旅館
1966年 都城市民会館 宮崎県 扇状に広がる象徴的な造形(現存せず)
1970年 エキスポタワー 大阪府 大阪万博のシンボル塔(現存せず)
1992年 江戸東京博物館 東京都 高床式を思わせる巨大な博物館
2004年 九州国立博物館 福岡県 大きく波打つ屋根の博物館

一つ挙げるなら、菊竹の名を決定づけたのは自邸のスカイハウスです。次章でこの住宅とメタボリズムの思想を掘り下げます。

現存する作品を見に行きたい人は、こちらも参考になります。

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スカイハウスとメタボリズムの思想

スカイハウスとは、結論「菊竹清訓のメタボリズム思想を形にした自邸」です。1958年に完成した住宅で、4本の壁のような柱で正方形の床を宙に持ち上げ、下を開放した大胆な構成で知られます。

この住宅が画期的だったのは、見た目だけではありません。ポイントを挙げると次の通りです。

  • 主空間を宙に浮かせた:地面から切り離すことで、下の空間を自由に使えるようにした
  • 設備や子供部屋を「後付け」できるようにした:家族の成長に合わせ、部屋を追加・交換する発想を組み込んだ
  • 「取り替えられる建築」を実践した:固定された完成形ではなく、変化を前提に設計した

この「建物を新陳代謝する生き物のように捉える」考え方が、メタボリズム(新陳代謝)です。都市や建物が固定されたものではなく、成長し、部分を取り替えながら生き続ける——菊竹は「海上都市」などの未来都市構想でもこの思想を展開しました。

個人的には、スマホの部品を交換したり機能を足したりする感覚に近いと捉えると分かりやすいと思います。1950〜60年代にこの発想を建築で示したのは、かなり先進的だったと言えます。

菊竹建築の特徴・作風

菊竹建築の特徴は、結論「力強い造形」と「明快な理論」の両輪にあります。同時代の建築家の中でも、彫刻のような迫力のある形と、それを支える論理の両方を持っていた点が際立ちます。

作風と思想を読み解くキーワードを挙げると次の通りです。

  • 力強い彫塑的な造形:出雲大社庁の舎や都城市民会館に見られる、記念碑のような迫力
  • 空中に持ち上げる構成:スカイハウスや東光園のように、主空間を宙に浮かせる
  • 「か・かた・かたち」:設計を「理念(か)→技術・方法(かた)→形(かたち)」の3段階で考える独自の理論
  • 伝統と近代の融合:日本の伝統的な高床や社殿の感覚を、現代の構造で表現する

「か・かた・かたち」は菊竹の代表的な著作のタイトルでもあり、設計を思いつきで進めるのではなく、理念から形へと論理的に組み立てる考え方を示しています。

正直なところ、菊竹作品は磯崎新らのポストモダンとはまったく違う、骨太で力強い印象です。構造がそのまま造形になっているものが多く、建物を支える仕組みへの興味がある人ほど面白がれる建築家だと思います。構造がどう形を作るかの基礎はこちらで押さえられます。

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なぜ名作の多くは解体されたのか

ここが、作る側・建物を残す側から見た菊竹建築の重い問いです。皮肉なことに、「新陳代謝=変わりながら生き続ける」を掲げた菊竹の名作の多くが、実際には解体されてしまいました。出雲大社庁の舎、都城市民会館、エキスポタワー、沖縄海洋博のアクアポリスなどが、すでに姿を消しています。

なぜ理想と現実に差が生まれたのか、背景を整理すると次の通りです。

  • 維持・改修にコストがかかる:斬新な構造ほど、老朽化した際の補修や耐震化が難しく費用もかさむ
  • 用途が時代に合わなくなる:市民会館や博覧会施設は、時代とともに求められる機能が変わる
  • 「取り替える」思想が制度に馴染まなかった:部分交換を前提にしても、実際の維持管理・所有の仕組みが追いつかなかった
  • 文化的価値の評価が遅れた:名作と認識される前に取り壊しが決まってしまう例があった

老朽化した建物をどう残すかは、耐震改修などの技術と切り離せません。関連する考え方はこちらも参考になります。

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現場目線で言えば、これは「作って終わりではない」という建築の宿命を象徴する話です。どれだけ理想的な思想を込めても、維持管理・改修・時代の変化に耐えられなければ建物は残らない。スカイハウスが重要文化財として保存される一方で多くが失われた事実は、設計と保存を両輪で考えることの大切さを教えてくれます。

菊竹スクール——伊東豊雄ら、現代へ続く系譜

菊竹清訓が現代に残した最大の遺産は、建物だけではありません。菊竹事務所は数多くの一流建築家を育てた「菊竹スクール」としても知られます。

主な出身建築家を挙げると次の通りです。

  • 伊東豊雄:後にプリツカー賞を受賞。せんだいメディアテークなどで知られる巨匠
  • 長谷川逸子:湘南台文化センターなどを手がけた
  • 内藤廣:土木と建築をつなぐ作品で知られる
  • 仙田満、内井昭蔵ら:それぞれの分野で第一線に立った

見逃せないのは、この伊東豊雄の門下から妹島和世が育ち、さらに妹島のSANAAから西沢立衛や石上純也が巣立っている点です。つまり、菊竹清訓は現代日本を代表する建築家たちの”源流”にあたります。菊竹の「時間とともに変わる建築」という思想が、形を変えながら現代の軽やかな建築へと受け継がれている、と見ることもできます。

こうした系譜は、建築を学ぶ上での道しるべになります。どこで学べるかに関心があれば、こちらも参考になります。

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実務だと、こうした「誰の系譜か」を知っておくと、現代建築の作風の源流が驚くほどきれいにつながって見えてきます。菊竹清訓は、その一番奥にいる人物です。

菊竹清訓に関する情報まとめ

  • 菊竹清訓とは:建物を新陳代謝するものと考えた戦後日本を代表する建築家(1928〜2011年)
  • 経歴:早稲田大学→1953年に事務所開設→1960年代にメタボリズムを提唱
  • 代表作:スカイハウス、出雲大社庁の舎、東光園、江戸東京博物館、九州国立博物館
  • メタボリズム:建物や都市を成長・交換できる生き物のように捉える思想
  • 特徴:力強い彫塑的な造形と「か・かた・かたち」の明快な理論
  • 保存の問題:新陳代謝を掲げながら、名作の多くが維持・用途変化の壁で解体された
  • 系譜:菊竹スクールから伊東豊雄が育ち、妹島和世・西沢立衛・石上純也へと続く源流

以上が菊竹清訓に関する情報のまとめです。

菊竹清訓は「建築を時間の中で考えた人」であり、現代の名だたる建築家たちの源流にいる人物です。作品の力強さだけでなく、その思想と、保存という現実の課題まで合わせて見ると、日本の現代建築のつながりが一本の線で見えてくるかなと思います。

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